<私のいる風景> ;綿矢りさ・作家

(2007年3月5日 読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20070305bk13.htm


教室 閉鎖的で複雑、でも無駄がない



「大学で一番面白かったのは心理学。履修できる心理学系の講義は全部取りました」 (都内の高校で)



 都内の、とある高校。3年生の教室は、受験の季節だからか、置き忘れられたような、しんとした空間だった。席につくと、その姿が空間に溶け込む。綿矢さんには教室がよく似合う。



 「高校のことを書いている時は楽しいですね。いろんな人がいるし、閉鎖的だし、毎日顔を合わせているから複雑な人間関係ができているし。でも、教室自体のイメージは、ほんまにさわやかな感じ。無駄なものがないからなのか」



 時にやわらかな京都弁が混じる。高校3年秋のデビュー作『インストール』でも、続く『蹴りたい背中』でも、人物が教室にいる時は、級友たちのおしゃべりやざわめきが響いてくるようだった。だが、新作『夢を与える』の主人公、夕子の場合は、違っている。彼女が教室にいる時間は「心ここにあらず」。チャイルドモデルに始まり、自分の成長する姿を「半永久的に」追わせるテレビCMに出演して人気者になり、やがてスキャンダルにまみれる少女には、学校とは別に「仕事」の世界があるから。

  

 実はその前に取り組んでいた小説があった。大学3、4年のころ、『蹴りたい背中』の延長線上で、高校から大学に舞台を移した世界を描こうと思っていた。が、書き進められなくなってしまう。



 「結構、苦しんでいました。私なりに、悩んじゃって。想像力が働かない、これからどうなるか全然わからへん。書いたのを読み直す作業が、つらかった」



 編集者に締め切りを設定されていたわけではない。逆にその分、



「この苦しみがいつまでも際限なく続くのか」
と焦りは募り、世界は灰色に変わった。



 その苦しみを救ったのもまた、小説の力だった。



「女の子がどんどん成長していったら面白いかな。それと、仕事をしている人の話が書いてみたい」
芸能界はテレビの中ではあるけれど、幼いころから見ているから身近だった。執筆を進める中で、これまでの2作にはなかった、初めての感覚を体験した。



 「自分の想像するスピードより、登場人物の動きが速く進む感じがありました。想像力がグルグル回っているときには、確かに人物が動き出している。それをちょっとだけ、味わいました」



 ただその後を追いかけて行きさえすればよかった。書くことが「楽しくてしょうがなかった」。三人称語り、500枚という長さ、そして自身の属する場所とかけ離れた世界の住人を描くこと――初めてづくしだが、新しい挑戦をした意識はない。「ただがむしゃらに、できるものをやった」結果だと、今思う。

    

 「私の世界は、まだ狭い」
 芥川賞に決まった19歳は、記者会見でそう語った。3年を経て、新作を書ききった充実感の中にいる。夕子の18年間を書くことで、あたかも作家自身、挫折と成長の時間をくぐりぬけたかのように。



 「狭さということを、確かに気にしていたところはありました」
 作家は「教室」から一歩、外へ踏み出したのではないだろうか。親密で、時に緊張もはらむ四角い部屋から、開かれたさらに広い世界へ。



 「次はもっと長い小説、人物がたくさん出てくる小説を書いてみたい」

 その作品は、作家をまた違う世界に連れてゆくに違いない。(文・山内 則史、写真・伊藤 紘二)

 ◆わたや・りさ 1984年京都市生まれ。2001年『インストール』で文芸賞を受けデビュー。04年『蹴りたい背中』で、史上最年少の19歳11か月(受賞決定時)で芥川賞。昨春、早稲田大学教育学部国語国文学科を卒業した。