季節の記憶<読了>

季節の記憶 (中公文庫)

季節の記憶 (中公文庫)

この文庫本は、買って、読み始めてから、読み終えるまでずいぶんと時間がかかった一冊だった。中野さんと息子のクイちゃんが鎌倉に引っ越してきて、近所に住んでいる松井さんと、妹の美紗ちゃんと酒呑んだり、鍋をつついたり、午前中に海辺や山を散歩して、話す、繰り返される日常を淡々と描いているだけで、ドラマティカルな展開もストーリーと呼べるような筋もほとんどない。そんな日記みたいな文章がどうして小説になるのかというのはずいぶんと不思議なのだ。確かにこの一連の長い文章群はしっかりと小説になっていて、というかそういう風に感じられる。けれど、その文章が、日記となるのか小説になるのかその境界はなんだろう、というか、これを小説とさせている要素はいったいなんなんだろうというのは、よくわからない。この小説には、小説の中にぐいっと読者を引き入れて、我を忘れて物語世界に浸らせるような種類の力強さのようなものは、あまりない。けれど、読み進んでいる時間の中に、そして読み終えたあとの余韻のなかになにかこう、感じさせるものがある。それは感動ではなく、感傷でもなく、ずいぶんと不思議な感じで、これをなんと呼べばいいかはわからないけれど、この感じを得られただけでこの本を読んでよかったなと思えた。そんなふうに思える小説は、たぶんそんなに多くはないのだろうと思うから、この本は僕にとってはきっと貴重な一冊なのだろうな。